高松市屋島東町土地改良区管内
所在地 高松市屋島東町字女向羅201
池の規模 堤長 67メートル
堤高 5メートル
満水面積 0.12ヘクタール
貯水量 3.3千立方メートル
かんがい面積 無し
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
備考 前の管理者宮本熊太郎が昭和40年頃死亡してより、妻フジノが管理しているが、その後田畑の耕作をやめ、かんがい用水が不要となったので、池の周辺は雑木及び笹竹が密生し放置状態である。
宮本フジノ
所在地 高松市屋島東町字女向羅25
池の規模 堤長 70メートル
堤高 4.5メートル
満水面積 0.14ヘクタール
貯水量 3.4千立方メートル
かんがい面積 無し
築造の由来 江戸時代築造。
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
備考 現状は宮ノ窪上池と同じであるが、池に隣接した土地を購入した家人が、池の堤防も自分の所有だと主張し、鉄の門扉を架設しているので、池の全貌をみることができない。
宮本フジノ
003 井坪池
備考 何時の頃か埋立てて池無し。
宮本フジノ
所在地 高松市屋島東町字別場42
池の規模 堤長 55メートル
堤高 5メートル
満水面積 0.09ヘクタール
貯水量 2.4千立方メートル
かんがい面積 畑にかんがいするのみ
築造の由来 築造年は記録が無く、江戸時代とのみ言い伝えがある。
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
備考 水田が無くなっているので、堤防は雑木及び笹竹が密生し放置状態である。
高橋末清
所在地 高松市屋島東町字間家44
池の規模 堤長 58メートル
堤高 5メートル
満水面積 0.05ヘクタール
貯水量 1.3千立方メートル
かんがい面積 畑にかんがいするのみ
築造の由来 築造年は記録が無く、江戸時代とのみ言い伝えがある。
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
備考 水田が無くなっているので、堤防は雑木及び笹竹が密生し放置状態である。
高橋末清
所在地 高松市屋島東町字間家60
池の規模 堤長 45メートル
堤高 4.5メートル
満水面積 0.09ヘクタール
貯水量 2.2千立方メートル
かんがい面積 畑にかんがいするのみ
築造の由来 江戸時代築造。
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
高橋末清
所在地 高松市屋島東町字間家70
池の規模 堤長 50メートル
堤高 3メートル
満水面積 0.03ヘクタール
貯水量 0.5千立方メートル
かんがい面積 約0.05ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 堤防を改築したことがあるが、その改築年及び規模については記録がない。
水利慣行等 無し
逸話伝説 無し
大浦光雄
所在地 高松市屋島東町字間家84
池の規模 堤長 35メートル
堤高 3メートル
満水面積 0.03ヘクタール
貯水量 0.5千立方メートル
かんがい面積 0.1ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
備考 新道が造成され、宅地化が進んだので田畑が減少している。
大浦光雄
所在地 高松市屋島東町字善太林89−1
池の規模 堤長 35メートル
堤高 2.5メートル
満水面積 0.03ヘクタール
貯水量 0.4千立方メートル
かんがい面積 畑にかんがいするのみ
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 昭和51年9月の大雨で、高橋池の上部の池が決壊して、この池に土砂が流入したので、公的助成金と受益者の負担金によって改築した。この時負担金についてトラブルがあり、受益者の一人が取水の権利を放棄した。
水利慣行等 慣行は昔あったが今は無い。
逸話伝説 昔、子供が誤ってこの池に転落して亡くなった。これを哀れんだ村人達が謀って、この池の東南隅に高さ約60センチメートルの後背舟型不動明王石像を建立した。この石像には制作年・建立年ともに刻していないので、祀った時期は不明であるが、石の風化の程度から相当古い時代のものと思われる。
高橋末清
010 三口池
011 大浦中池
012 竹内池
013 大浦下池
備考 四つの池は、新道山の手線造成の際提供し、この時宅地も造成したのでため池は無いという。現地へ行ったことがないので池の場所は知らないという。芳雄は先々の管理者大浦留雄の孫、先の管理者大浦與三郎の息子で80才を過ぎる高齢者。
大浦芳雄
014 宮本池
所在地 高松市屋島東町字北石場125
池の規模 堤長 37メートル
堤高 5メートル
満水面積 0.06ヘクタール
貯水量 1.6千立方メートル
かんがい面積 無し
備考 ため池があることを聞いたことがないし、行ったことも無い。したがって水利慣行、逸話伝説は知らないという。近くの老人に尋ねると、昔はあったが今は無いのではという。
所在地 高松市屋島東町字北石場127
池の規模 堤長 38メートル
堤高 5メートル
満水面積 0.03ヘクタール
貯水量 0.6千立方メートル
かんがい面積 無し
築造の由来 約400年位前に、阿波の国から移住してきたとの言い伝えがあるので、移住の後の江戸時代前期頃に築造したものと思われるが、記録が無いので確実な時代はわからない。
改築の経緯 改築したであろうと思うが記録が無い。
水利慣行 不明
逸話伝説 無し
備考 本調査が30年早ければ、祖父や父が健在であったのにとのことであった。
藤岡一夫
016 藤辰池
備考 新道山の手線が造成された時、一部を提供し残余は畑とした。
藤岡弘樹
017 大浦奥池
018 大浦留池
019 大浦南池
備考 三つの池は、新道山の手線造成の際提供し、この時宅地も造成したのでため池は無い。現地へ行ったことがないので、ため池の場所は知らない。芳雄は管理者の孫、また後継者であり、80才を過ぎる高齢者である。
大浦芳雄
所在地 高松市屋島東町字北石場172
池の規模 堤長 31メートル
堤高 2.5メートル
満水面積 0.01ヘクタール
貯水量 0.1千立方メートル
かんがい面積 無し
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 約30年前に堤防を改築したことがあるが、詳細は不明。
水利慣行等 無し
逸話伝説 昔、自宅の裏にあるこの池の細い坂道に、高坊主が出るとの噂がたち村人が恐ろしがったので、藤岡喬の先祖がため池の南東隅に高さ約60センチメートルの後背舟型不動明王石像を祀ったところ、高坊主は出なくなったという。
藤岡 喬
所在地 高松市屋島東町字北石場188
池の規模 堤長 58メートル
堤高 4メートル
満水面積 0.10ヘクタール
貯水量 2.2千立方メートル
かんがい面積 無し
築造の由来 約400年前に阿波の国から移住してきたとの言い伝えがあるので、江戸時代前期の築造でなかろうか。
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡一夫
所在地 高松市屋島東町字北石場190−1
池の規模 堤長 44メートル
堤高 4メートル
満水面積 0.07ヘクタール
貯水量 1.5千立方メートル
かんがい面積 約0.1ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
池名は猫の額ほどの小さいため池ということから、名づけられたという。
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡一夫
023 藤重池
所在地 高松市屋島東町字北石場208
池の規模 堤長 28メートル
堤高 4メートル
満水面積 0.04ヘクタール
貯水量 1.5千立方メートル
かんがい面積 無し
築造の由来 約400年前に阿波の国から移住してきたとの言い伝えがあるので、江戸時代前期の築造でなかろうか。
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡一夫
所在地 高松市屋島東町字北石場220
池の規模 堤長 50メートル
堤高 3メートル
満水面積 0.07ヘクタール
貯水量 1.1千立方メートル
かんがい面積 約0.05ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡一夫
所在地 高松市屋島東町字北石場246
池の規模 堤長 70メートル
堤高 3.5メートル
満水面積 0.09ヘクタール
貯水量 1.7千立方メートル
かんがい面積 約0.05ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 無し
水利慣行等 無し
逸話伝説 無し
藤岡稔雅
所在地 高松市屋島東町字北石場255−4
池の規模 堤長 52メートル
堤高 2.5メートル
満水面積 0.02ヘクタール
貯水量 0.2千立方メートル
かんがい面積 0.02ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 放水口の決壊や漏水のため堤防改修2〜3回あり。記録が無いため詳細不明。
水利慣行等 無し
逸話伝説 無し
藤岡一朗
所在地 高松市屋島東町字北石場296
池の規模 堤長 51メートル
堤高 3メートル
満水面積 0.10ヘクタール
貯水量 0.7千立方メートル
かんがい面積 約0.04ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造。大雨で満水になっても、2〜3日もすれば漏水してカラになる。このことからカラ池というようになったと言う。調査時も水は全く無く草が密生している。
改築の経緯 無し
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡稔雅
所在地 高松市屋島東町字北石場300
池の規模 堤長 46メートル
堤高 2.5メートル
満水面積 0.05ヘクタール
貯水量 0.7千立方メートル
かんがい面積 約0.1ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡一夫
所在地 高松市屋島東町字北石場303
池の規模 堤長 47メートル
堤高 5メートル
満水面積 0.11ヘクタール
貯水量 3.0千立方メートル
かんがい面積 約0.1ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡一夫
所在地 高松市屋島東町字山下304
池の規模 堤長 67メートル
堤高 3メートル
満水面積 0.20ヘクタール
貯水量 3.3千立方メートル
かんがい面積 約0.15ヘクタール
築造の由来 江戸時代築造
改築の経緯 不明
水利慣行等 不明
逸話伝説 無し
藤岡保夫