8 義経の弓流しの跡


先人の記録によれば、屋島東町藤目高橋にあるとあり。牟礼町史によれば、牟礼町の州崎寺の西南約100メ−トルのほとりで、現在は陸地になっている所となっている。義経が2回も弓を海上に落としたとは考えられないので、いずれにしてもこの2ヶ所は近くであるので、同じ場所であろう。


寿永4年源平合戦のとき、義経は平家の軍船を追って海に進み、たまたま弓を海上に落とした。
これを見た平家の武将越中次郎兵衛盛嗣がこれを奪わんとした時、名を惜しむ義経は危険を冒して遂に弓を拾いあげた。