9 菊王丸の墓


屋島東町屋島東小学校の校門の北側にある。

菊王丸は平家の猛将能登守教経の郎党であった。寿永4年2月屋島合戦の時、源氏の将佐藤嗣信が教経のため射落とされて落馬すると、萌黄縅の腹巻に身を固めた十八才の美少年菊王丸は、大刀を抜いて飛びかかり嗣信の首を取ろうとした。

その時、嗣信の弟忠信の放った矢に、腹巻の引合を射貫かれて倒れ伏した。
能登守は左手に弓を持ちながら、右手に菊王丸を掴んで自分の船に投げ入れたが、間もなく菊王丸は息絶えた。忠臣菊王丸が葬られたのがここである。