屋島西町にあったという。
清和天皇の御代に、大江忠名が罪により屋島に流された、ある夜杜鵑の声聞いて和歌を詠じた。(古今集)
杜鵑鳴く声きけばわかれにし
ふるさとさへも恋しかりけり
天皇はこれを聞かれて、忠名が京都を慕う心を憐れみその罪を許したという。
現在この屋敷跡はわからない。