所在地 高松市屋島東町字鯨崎412 池の規模 堤長 20メートル 堤高 3.0メートル 満水面積 0.06ヘクタール 貯水量 0.9千立方メートル かんがい面積 畑にかんがいするのみ 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 底の泥さらいをしたことがあるが、改築の記憶は無い。 水利慣行等 慣行はあったと思うが知らない。 逸話伝説 無し 鯨崎忠良
所在地 高松市屋島東町字鯨崎417 池の規模 堤長 48メートル 堤高 3.5メートル 満水面積 0.11ヘクタール 貯水量 2.1千立方メートル かんがい面積 約0.05ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造。湧水池。 改築の経緯 昭和60年頃内壁のコンクリート工事をした。 水利慣行 無し 水利紛争 昔はよく水利紛争があったと聞いたが、その詳細は知らない。 逸話伝説 無し 木村 功
055 前池 所在地 高松市屋島東町字鯨崎432 池の規模 堤長 31メートル 堤高 5.0メートル 満水面積 0.10ヘクタール 貯水量 2.7千立方メートル かんがい面積 約0.3ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 昭和48年改修、詳細不明。 水利慣行等 不明 逸話伝説 無し 藤岡保夫
所在地 高松市屋島東町字鯨崎438−2 池の規模 堤長 20メートル 堤高 2.5メートル 満水面積 0.01ヘクタール 貯水量 0.1千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 無し 備考 池の南部約90パーセント埋め立てて、北部に池の名残のみあり。 藤岡保夫
057 オビ池 備考 新道山の手線造成の時高松市へ返還し、埋め立ててため池無し。 藤岡恒雄
058 小池 備考 埋め立てて池無く、宅地となっている。 山田定広
所在地 高松市屋島東町字次信656 池の規模 堤長 140メートル 堤高 7.0メートル 満水面積 0.59ヘクタール 貯水量 22.7千立方メートル 20.0千立方メートル(平成八年現在) かんがい面積 3.486ヘクタール かんがい地域 字次信 字四通 字尾越 綿打池掛受益面積の変遷 明治14年 農地(水田) 5.4927ヘクタール 内訳 字次信 0.7223ヘクタール 字四通 3.9905ヘクタール 字尾越 0.7729ヘクタール 平成8年 農地等 3.4806ヘクタール 内訳 水田 2.3612ヘクタール 畑地に変更 0.7125ヘクタール 雑種地 0.3929ヘクタール 農地転用 1.4601ヘクタール 字別現況(単位・ヘクタール) 種 別 字 次 信 字 四 通 字 尾 越 水 田 0.4817 1.6623 0.2112 畑 地 0.1018 0.3924 0.2113 雑種地 0.0714 0.3215 農転地 0.1524 1.3007 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 昭和48年度サイホンゆるぬき設置 昭和62年度機械ゆるぬき止弁二基設置 昭和62年度堤防内法改修 水利慣行等 不明 逸話伝説 無し 谷本定弘 山田定弘
060 小池 所在地 高松市屋島東町字開701−4 池の規模 堤長 19メートル 堤高 2.5メートル 満水面積 0.01ヘクタール 貯水量 0.1千立方メートル 改築の経緯 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 不明 備考 管理者居住せず。田畑は無く池はカラ池となっている。 大高信忠
所在地 高松市屋島東町字間721 池の規模 堤長 35メートル 堤高 3.7メートル 満水面積 0.03ヘクタール 貯水量 0.6千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 不明 備考 管理者居住せず。田畑は無く池はカラ池となっている。 大高信忠
所在地 高松市屋島東町字鯨崎394 池の規模 堤長 62メートル 堤高 5.0メートル 満水面積 0.25ヘクタール 貯水量 6.8千立方メートル かんがい面積 約0.4ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 寛永年間、高松藩祖松平頼重公が、寿永四年(1185)源平合戦の時、源義経の矢面にたって平家の武将能登守教経の強弓に倒れた佐藤継信を顕彰するため、屋島の東麓の遍路道に藩儒岡部拙斎に命じて石碑を建立した。このことによって、これよりこのため池を継信池とよぶようになった。 水利慣行等 不明 逸話伝説 昔、このため池の下手の家の子供が、このため池に転落水死したので、小さい後背舟型不動明王石像を建立して供養している。この石像は二体ある。 備考 このため池は、屋島では少ない湧水池である。 藤岡恒雄
所在地 高松市屋島東町字間743−1 池の規模 堤長 41メートル 堤高 4.5メートル 満水面積 0.05ヘクタール 貯水量 1.2千立方メートル かんがい面積 0.13ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 無し 水利慣行等 無し 逸話伝説 無し 村井則夫
所在地 高松市屋島東町字間751−1 池の規模 堤長 25メートル 堤高 4.2メートル 満水面積 0.05ヘクタール 貯水量 1.1千立方メートル かんがい面積 0.1ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 無し 水利慣行等 無し 逸話伝説 無し 村井則夫
所在地 高松市屋島東町字間753 池の規模 堤長 26メートル 堤高 3.5メートル 満水面積 0.05ヘクタール 貯水量 0.9千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 不明 備考 管理者居住せず。田畑は無し。 大高信忠
所在地 高松市屋島東町字間756 池の規模 堤長 15メートル 堤高 3.7メートル 満水面積 0.05ヘクタール 貯水量 1.0千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 不明 備考 管理者居住せず。田畑は無し。 大高信忠
067 ゼンモン池 所在地 高松市屋島東町字亀虎760 池の規模 堤長 30メートル 堤高 4.5メートル 満水面積 0.03ヘクタール 貯水量 0.7千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造。池名は僧侶の名をつけたということを聞いたが、はっきりとはわからない。 改築の経緯 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 不明 備考 田畑は無く、山化している。山吉呉服店が山下竹夫より購入したが、この頃より現状のままであったと言う。 現地へは踏み込めず。 大高信忠
所在地 高松市屋島東町字亀虎778 池の規模 堤長 50メートル 堤高 4.5メートル 満水面積 0.17ヘクタール 貯水量 4.2千立方メートル かんがい面積 他の三池とともに0.5ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造。ため池の内壁が急角度になっているので、スリバチ池と名づけたと言う。 改築の経緯 大正時代の末期頃、堤防の改修をしたが、詳細については不明。 水利慣行等 不明 逸話伝説 無し 高橋幸茂
所在地 高松市屋島東町字亀虎780 池の規模 堤長 90メートル 堤高 4.5メートル 満水面積 0.11ヘクタール 貯水量 2.7千立方メートル かんがい面積 他の三池とともに0.5ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 この地は海岸に近いので、このため池の付近に船の神、船戸神を祀っていたので、フナト池と呼ぶようになった。毎年一回受益者によって、お祭りをしている。 改築の経緯 大正時代の末期頃、堤防の改修をしたが、詳細については不明。 水利慣行等 特に無し 逸話伝説 無し 高橋幸茂
所在地 高松市屋島東町字亀虎781 池の規模 堤長 21メートル 堤高 5.0メートル 満水面積 0.06ヘクタール 貯水量 1.6千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造 ため池の名の由来は不明。雨が降っても水は溜らないと言う。 改築の経緯 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 不明 高橋幸茂
071 牛池 備考 このため池どこにあるか知らないと言う。 山田定弘
所在地 高松市屋島東町字亀虎785 池の規模 堤長 55メートル 堤高 4.0メートル 満水面積 0.17ヘクタール 貯水量 3.7千立方メートル かんがい面積 約0.5ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 池名の由来は逸話伝説を参照。 改築の経緯 底の泥さらいくらいで大改修は無し。 水利慣行等 無し 逸話伝説 昔々、気立ての良いオカネさんが近くの農家に嫁入ってきた。初めは何事もなく平和な日々をすごしていたが、子供が生まれた頃から世間によくある姑の嫁いびりが始まった。そのいびり方は尋常一様でなく、朝な夕な毎日のことであったので、とうとう辛抱ができなくなったオカネさんは世をはかなんで、幼な子とともにこのため池に入水して旅立ってしまった。こんなことがあってから若嫁の死を悼んで、誰言うとなく村人はこのため池をオカネ池と呼ぶようになった。それからかなりの年月を経て、何時の間にかオカネが訛ってオカメ池と呼ぶようになったと言う。 高橋幸茂
所在地 高松市屋島東町字亀虎786 池の規模 堤長 33メートル 堤高 5.0メートル 満水面積 0.06ヘクタール 貯水量 1.6千立方メートル かんがい面積 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 平成3年度堤防内法改修 機械ゆるぬき止弁設置。 水利慣行等 不明 逸話伝説 無し 山田定弘
所在地 高松市屋島東町字亀虎787 池の規模 堤長 19メートル 堤高 5.5メートル 満水面積 0.11ヘクタール 貯水量 3.3千立方メートル かんがい面積 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 無し 水利慣行等 不明 逸話伝説 無し 山田定弘
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦816 池の規模 堤長 26メートル 堤高 3.0メートル 満水面積 0.02ヘクタール 貯水量 0.3千立方メートル かんがい面積 約0.2ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 木村家の私有池だあるが、槙塚家の前にあるからマキツカ池となづけたと言う。 改築の経緯 不明 水利慣行等 無し 逸話伝説 無し 高橋幸茂
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