076 フジノ池 備考 ため池無し。電話にて確認。 天野 忠
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦825 池の規模 堤長 35メートル 堤高 3.5メートル 満水面積 0.04ヘクタール 貯水量 0.7千立方メートル かんがい面積 0.5ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 昔は池名は無かったが、この付近の人達が何時もこのため池で、子供のおむつや糞タンゴを洗っていたので大正時代にクソ池と名づけた。昭和時代の中期頃までおむつは洗っていたと言う。 改築の経緯 昭和時代に、池の内壁のコンクリート工事をしたが、詳細は不明。 水利慣行等 不明 逸話伝説 無し 高橋幸茂
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦826 池の規模 堤長 35メートル 堤高 3.0メートル 満水面積 0.04ヘクタール 貯水量 0.6千立方メートル かんがい面積 0.3ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 無し 水利慣行等 無し 逸話伝説 昔々、この辺りに寺子屋があって、子供達が寺子屋から帰りにこのため池で、筆や硯を洗ってていた。ある日一人の子供があやまって転落して水死した。これを哀んだ人達がこのため池の北西隅に地蔵菩薩石像を建立して供養した。その後、このため池を誰言うとなく「お地蔵さん」池(オッゾサンイケ)と言うようになったと言う。この地蔵菩薩石像は何時の頃か移転してなくなっているが、台座はそのまま残っている。 高橋幸茂
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦827 池の規模 堤長 51メートル 堤高 4.0メートル 満水面積 0.05ヘクタール 貯水量 0.7千立方メートル かんがい面積 0.1ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造。初め谷屋家の所有であったから、タニヤ池と言うようになった。 改築の経緯 昭和初年頃漏水のため堤防を改修したが、詳細は不明。 水利慣行等 無し 逸話伝説 不明 高橋幸茂
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦829 池の規模 堤長 48メートル 堤高 3.2メートル 満水面積 0.09ヘクタール 貯水量 1.7千立方メートル かんがい面積 0.6ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 平成5年東側の堤防の漏水により改修工事をする。 水利慣行等 無し 逸話伝説 無し 木村トシ子
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦830−1 池の規模 堤長 42メートル 堤高 3.5メートル 満水面積 0.04ヘクタール 貯水量 0.7千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 不明 水利慣行 不明 逸話伝説 不明 備考 耕作する田畑無し 高橋幸茂
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦841 池の規模 堤長 43メートル 堤高 4メートル 満水面積 0.09ヘクタール 貯水量 1.9千立方メートル かんがい面積 無し 築造の由来 江戸時代築造 改築の由来 不明 水利慣行等 不明 逸話伝説 不明 備考 ため池の周囲は柑橘園で田畑なし。園のかんがい用水は水道。 金子正明
所在地 高松市屋島東町字檀ノ浦843 池の規模 堤長 31メートル 堤高 3.6メートル 満水面積 0.10ヘクタール 貯水量 1.9千立方メートル かんがい面積 0.5ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 平成3年に堤防の大改修をした。 水利慣行等 無し 逸話伝説 明治時代、槙塚光男の祖父虎吉が、この池で牛に水浴びさせていたところ、誤って牛とともに入水死亡した。そのためため池の南東隅に、高さ約150センチメートルの後背舟型不動明王石像を建立して供養した。不動明王像の左側に虎吉の文字が見えるが、他の文字は判読できず。 槙塚秀子
所在地 高松市屋島東町字無量寿1020−2 池の規模 堤長 30メートル 堤高 1.5メートル 満水面積 0.02ヘクタール 貯水量 0.1千立方メートル かんがい面積 0.04ヘクタール 築造の由来 大正時代築造。大正時代に先の管理者浜岡清の父が、原田家より0.05ヘクタールの田畑を購入したが、モロジ池よりの取り水が日照りの年には不足することを知って、0.05ヘクタールの内0.01ヘクタールをため池としたもの。このことからこのため池を通称用心池と呼んでいる。したがって、未だ改築したことはなく、水利敢行、紛争、逸話伝説は無い。 浜岡ヨシヱ
所在地 高松市屋島東町字無量寿1023 池の規模 堤長 69メートル 堤高 4.5メートル 満水面積 0.27ヘクタール 貯水量 6.6千立方メートル かんがい面積 0.6ヘクタール 改築の由来 江戸時代築造 改築の経緯 無し 水利慣行 慣行があったことを聞いたが失念した。 水利紛争 昔は紛争が絶えなかったので水番がついていたが、詳細は分からない。 逸話伝説 無し 徳住サエ子
所在地 高松市屋島東町字大久保1038 池の規模 堤長 30メートル 堤高 4.5メートル 満水面積 0.08ヘクタール 貯水量 1.9千立方メートル かんがい面積 0.35ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 無し 水利慣行等 無し 逸話伝説 無し 池田実結
所在地 高松市屋島東町字大久保1041 池の規模 堤長 59メートル 堤高 4.0メートル 満水面積 0.11ヘクタール 貯水量 2.4千立方メートル かんがい面積 不明 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 不明 水利慣行等 無し 逸話伝説 昔、このため池で入水した人があったので、高さ約1メートルの後背舟型不動明王石像を東北隅に建立して供養した。不動明王像の左右に文字を刻してあるが、摩滅甚だしく判読できず。 大久保ヨシヱ
所在地 高松市屋島東町字大久保1044 池の規模 堤長 46メートル 堤高 4.5メートル 満水面積 0.15ヘクタール 貯水量 3.7千立方メートル かんがい面積 0.4ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 特に大改修等無し 水利慣行 昔はあったと思うが現在は無し。 水利紛争 不明 逸話伝説 無し 中 清
所在地 高松市屋島東町字明神1055 池の規模 堤長 69メートル 堤高 5.2メートル 満水面積 0.29ヘクタール 貯水量 8.2千立方メートル かんがい面積 上鴨池・下鴨池・新池とともに1.8ヘクタール 築造の由来 江戸時代築造 改築の経緯 昭和28年頃、前づきをしたことがある。 水利慣行 特に無し 水利紛争 この付近の田畑は、全部高松町原田家の所有であったから紛争は無し。 逸話伝説 無し 岡 幸雄
|